o_kataka2023年11月10日大野市信長・秀吉・家康に仕えた気相の人・金森長近が造り上げた越前大野の城下町戦国時代を長く生き抜いた金森長近が造り上げた福井県大野市の街並み。越前の小京都と呼ばれる大野市。越前朝倉時代からの流れを受け継ぎながらも新しく亀山に大野城を築き上げました。信長、秀吉、家康に仕え戦国を生き抜いた武将・金森長近と越前大野の関係をまとめました。
o_kataka2023年2月12日あわら市細呂木郷の中心地・神宮寺城跡の寺から城への変貌!令和3年にあわら市指定文化財の指定を受けた神宮寺城跡。その説明には加賀一向一揆に対する最前線の重要拠点とあり、それ以上の説明はない。不思議に思いこの神宮寺城について深堀りしていくと南北朝時代、さらに奈良時代にまでさかのぼり興味深い内容がぞくぞくと出てきたのでここにまとめます。
o_kataka2021年7月14日越前の戦国時代加賀一向一揆と対峙した金津溝江氏とは? あわら市大溝戦国時代の越前の北部、加賀との国境は常に争いが絶えず越前を治める朝倉家と加賀一向一揆の戦いはとても多くこの現在のあわら市の辺りは越前朝倉家にとって大切な拠点のひとつだったと考えられます。そんな地域を守っていたのが溝江氏です。...
o_kataka2020年12月20日坂井市淵龍の池【十郷十社】河口庄兵庫郷 春日神社(坂井市坂井町下兵庫)この兵庫郷は河口庄の中でも中心的な郷の一つとされます。本庄、兵庫、細呂木郷を中心に関、大口、王見、溝江が分立。その後10の郷ができたと考えられます。また、本庄、兵庫、細呂木の郷で河口庄の半分以上の田んぼを有していたといわれています。(えんりゅう・兵庫地区まちづくり協議会を参...
o_kataka2020年8月7日越前の戦国時代明智光秀が過ごした越前での思いが詰まる明智神社およそ10年の年月を越前で過ごした明智光秀。経済的には厳しいなか、のちの細川ガラシャが生まれるなど光秀や家族にとっては大切な時代だったと考えます。織田信長の焼き討ちから守り通した福井市東大味。それに感謝し地域の住民に建てられた明智神社。今もあの頃と同じ風景が残っています。